また本を読み終えました。
Planet Heartbreak: Abandoned Wives Tell Their Stories (Vikki Stark 編) という本です。
私と同じような境遇にいる女性62人の体験記です。(ほぼミッドライフクライシス&離婚の体験記です。)* 先日記事を書いた Runaway Husbands: The Abandoned Wife's Guide to Recovery and Renewal Book (Vikki Stark 著) という本とペアになっている本です。
いつものように私が夕飯を作り、二人で食べ終えた後、彼がお皿を洗い始めました。
元気がないような気がしましたが、詮索はしませんでした。
ひとりで悩まないで話してほしいと言ってもいつも「話さないほうが楽だ」と言われていたからです。
一人になりたいかと思い、私は「図書館に本を返してくるね」と言いました。(私たちの間に子供はいません。)
返事はありませんでした。そこでもう一度言いました。
でもやはり返事はありませんでした。あまりに様子が変だったので大丈夫か聞きました。
すると元夫は「一人になりたい、自由になりたい」と言いました。全ての責任から逃れたいというようなことも言いました。
しばらく話を聞いた後、怖かったけど聞きました。「それは離婚ということ?」
元夫はうんとうなずきました。
時間が止まった感じでした。
その前の月には、元夫が定年後に移住したいと言っていた場所に二人で行き、家を探していました。
よさげなマンションがあったのでマンション名も控えていました。
その旅行中、彼は熱を出しました。旅行とはいっても家探しもしなければならず、私は一人で一生懸命あちこちに行き、情報を集めました。
10年越しの移住計画でした。その旅行で候補地をいくつかに絞りました。
そんな感じだったので青天の霹靂でした。
ただ、今でも不思議なのですが、ヒステリックにはなりませんでした。
元夫のほうが下のようなことを言ったように記憶しています。
- ずっと不幸だった
- 結婚そのものが間違っていた
- 私とは好きで結婚したのではなく周りが賛成したから結婚した
- 会社に移住先(前月私と夫で旅行した場所です。)のことを好きな人がいる(女性)
- その女性とその移住先についてよく話す
- 明日、財産分与について話し合いたい
他にも離婚したい理由をいろいろ挙げましたが(私の言動が許せないなど)、正直よく理解できませんでした。
夜遅くなったので「今日はもう寝るから明日また話をしましょう」と言い、私は寝室に入りました。
ほとんど寝れませんでした。
勃発後
翌朝すぐ、実家に行きました。
両親とは距離を置いていたのですが、やむをえませんでした。
両親もびっくりしていました。最初は冗談だと思っていたようで真剣に取り合ってくれませんでした。
私たちはそれぐらい仲の良い夫婦と思われていました。
結婚したとき私は30代で元夫は40代でした。私は結婚をあきらめた頃でした。元夫は一度結婚し、離婚していました。
私の親には反対されましたが、それを押し切って結婚しました。(彼には既に両親はいませんでした。)
その日はとにかく両親に状況だけ説明し、家に帰ったように記憶しています。
私にとって「家」と呼べる場所は、元夫と一緒に住んでいた部屋だけでした。
数日後、私にパニック発作が起きて救急車騒ぎになりました。ひどい発作はその1回だけで済みましたが、その後軽い発作は1年ほど続くことになります。
元夫の様子は急変しました。
非常に冷たくなりました。それがつらくて私は家をなるべく出るようになりました。
当てもなく外をぐるぐる歩きました。
実家に行き、数時間ほど過ごさせてもらうこともありました。でも夕方になったら帰りました。
撤回
ある日、外をぐるぐる歩いていたら彼から電話がありました。
「考えが変わった。もう一度プロポーズするから帰ってきてほしい」と言われました。
私は帰りました。二人でソファに座りました。
彼は離婚を撤回したいと言いました。
私は何が変わったのか聞きました。「撤回してもまた同じようなことになるのではないか」とも言いました。
私と結婚してずっと不幸だったから離婚したいと言った人が、数日後にそれを撤回するという状況を理解できませんでした。
しばらく考えて彼は言いました。「じゃあ撤回するのはやめる」と。
激変
それから元夫は激変しました。
私を無視するようになりました。
私を避けるようになりました。私を見ると走って自分の部屋に逃げ込むようになりました。
食事や洗濯ももうしなくていいと言われました。
寝室も別になりました。
元夫は筋トレ用の大きな器具を数個買ってリビングに置き、リビングで筋トレし、リビングで寝るようになりました。
狭い家です。
元夫には自分の部屋がありましたが、私に部屋はありませんでした。
結局、寝室が私の唯一の居場所になり、元夫はリビングと自分の部屋で過ごすようになりました。
その頃からだったと思います。夜中に元夫が叫び、何かを投げるような音が聞こえるようになりました。
私は怖くて怖くて寝室に鍵をかけるようになりました。
元夫が寝室のドアを開けようとしてどんどん叩き、叫ぶこともありました。
ある日、早朝にどんどん叩きながら「もう会社に行きたくない」と言ったので「じゃあやめたらいい」と言ったら「それはできない」と言い、出社したこともありました。
この辺は記憶があいまいで順不同です。
夜中あまりに怖くて、「申し訳ないがこれから警察に連絡する」と両親に電話で謝ったこともありました。
結局警察への連絡は両親に止められ、その日は実家に泊まることになりました。
当初から彼には「私は離婚はしたくない」ということを伝えてありました。
「私の言動で変えるべきことがあれば変える」とも伝えてありました。
でもどこかで「これはもう離婚するしかないのではなかろうか」と思い始めました。
他の記事に書いたことがありますが、私は20代の頃にクォーターライフクライシスを経験しており、彼も似たような状況ではないかと推察したからです。
もしそうだったら相当深刻だと思いました。
ただ、自分の気持ちは伝えておかなければならないと思っていましたので、ダメもとで(離婚はしたくないという)気持ちを伝え続けました。
情報収集
ネットで情報を集め始めたのは割と早い時期からだったと思います。
今調べてみたら、ミッドライフクライシス勃発翌月の2023年10月には、最初の本「Detach and Survive」を購入しています。
旦那さんがミッドライフクライシスになってしまった妻向けの本で、日々どのように過ごせばいいかが書かれています。
むさぼるように読み、読みながら泣き、つらくなったらその本を音読しました。
元夫への対処の仕方もその本に書いてあることを参考にしました。
友人夫婦(4人でよく食事していました。)にも相談もしました。驚いておられました。
が、「直前の4人の夕食会で違和感を感じた、心を閉ざしてしまったような印象を受けた」ともおっしゃっておられました。
そういえばそのとき既婚者の恋愛の話が出ました。
どういう流れだったかはもう忘れましたが、私は「人の気持ちは強制できないからね」と言ったことを覚えています。
それは今でもその通りだと思っています。
元夫の親友(男性)にも相談しました。
子供の頃からため込む性格で突然爆発するタイプだと言われました。
あきらめ
もう離婚しかないと思い始めたのは、元夫の夜中の叫びと物を投げるのが止まらなかったからです。
決めたのは母の一言でした。「このままだとあなたがつぶれる」と言われました。
2023年の年末か2024年の年始、ミッドライフクライシス勃発から3か月後ぐらいだったと思います。離婚を受け入れました。
すると元夫の様子は急変しました。私から逃げなくなり、元の優しい穏やかな彼に戻りました。
離婚するからもう逃げる必要はなくなったと言われました。
その間、私は彼の世話を何もしませんでしたが、唯一、夕食のおかずを一品だけ分けていました。
元夫はほとんど料理をしたことがなく、最初のころはお弁当を買って食べていたのですが、高いしまずいということで、困っていました。
私はどうせ自分の食事を作らなければならず手間は一緒なので、例えばカレー一皿分、煮物一皿分を元夫に分けてあげたのです。
この行動は多くのミッドライフクライシス本で推奨されている行動とは異なります。
夫がミッドライフクライシスになったら Detachする(切り離す)ことが重要なので、夫との関わりを少なくすることが基本です。(冷たくしろということではありません。)
でも私は目の前で困っている人を見捨てることはできませんでした。
彼を引き留めたかったからではありません。
元夫のせいで自分が醜くなるのが嫌だったからです。
目の前に困っている人がいるのに手を差し伸べないのは私の美学に反します。
ミッドライフクライシスになった人からの影響を受けて自分の行動を変えるのは嫌でした。
そんな日々がしばらく続きました。
そして元夫は勤務先の近くに部屋を借り、出ていきました。
離婚
離婚したのは2024年2月です。
ミッドライフクライシス勃発が2023年9月でしたので、5か月弱で離婚したことになります。
あっという間でした。
その間、諸々のことはほぼ全て私がやりました。
役所から離婚届の用紙を取ってきました。離婚届を提出したのも私です。
財産分与のための書類を作りました。
元夫は自分に必要なものだけを持って出て行き、残りの家財道具は私が始末しました。
しばらくして私も今の部屋に引越しました。
そういうことをしながら、私は自分の立ち直りのためにいろいろな情報を集めました。
「離れていく人を追っても仕方ない、別れたい理由を聞いても意味がない」ということについて、アメリカ人精神分析医の話を聞きました(Ted)。
日本の精神分析医でミッドライフクライシスについて情報を出している人は非常に限られていて、元夫のようなケースを説明する本やサイトを見つけることはできませんでした。
ただ英語のサイトや本には情報がたくさんあり、むさぼるように読みました。非常に助かりました。
「Detach and Survive」は死にたいと思うたびに音読しました。
自分で自分を労わらなければならないということも学びました。
理解できないこともあります。
元夫は離婚後も私のインスタアカウントをフォローし続け、最近まで「いいね」をくれていました。意味が分かりません。
ときどき連絡が来るようになり、とうとう食事するようになり、今に至っています。
現在
今はおよそ月一で食事しています
傍から見ると仲の良いカップルに見えるかもしれません。
元夫のメンタルがだいぶ落ち着いてきた頃、「ミッドライフクライシスではないか」と言いました。
ちなみに元夫は明らかに更年期障害でした。認めたがりませんでしたが。
今でも元夫は若くなりたい、自分がもうそんな年齢だとは思えないとか、鏡に映る自分を見るのが嫌だというようなことを言っています。
今の自分、老いていく自分を受け入れられないのだと思います。
典型的なミッドライフクライシスだと思います。
でも本人はとても辛いだろうとも思います。
私はクォーターライフクライシスになったとき(20代)、精神的に一度死に、生まれ変わる決断をしました。
支配的な親から自立し、自分の人生を生きていきたいと思ったのです。
周囲の人には本当に申し訳なかったのですが、仕事どころではありませんでした。
当時はまだ心療内科はなかったのですが、伝手を頼ってカウンセリングも受けました。
「肺炎の人が泳いでいるような状態」という診断を受けました。
でも私の幼少期の環境を考えると、クォーターライフクライシスになって当たり前だと思いました。
そして元夫の場合も(私より厳しい)幼少期を考えると、ミッドライフクライシスになって当たり前だと思いました。
今までずっと無理してきたのだと思います。
だからといって元夫のことを許せているわけではありません。
ただ、理解することで、頭ごなしに非難する気持ちはなくなります。
難しいでしょうが、できるだけ客観的かつ冷静に対処したいと思いました。
そのほうが私にとっても良いだろうと思いました。
私の変化
元夫のミッドライフクライシスで私は強くなったと思います。
一人でいることがほぼ平気になりました。
寂しいときはありますが、気のせいだと言い聞かせてスルーすることを覚えました。
また、以前より自分を理解できるようになったと思います。
20代のクォーターライフクライシスのときも、どんなに仕事から夜遅く帰ってきても自炊してましたが、今もひとりなのにご飯を作っています。外食やテイクアウトはほぼしません。
料理していると温かい気持ちになれるからです。
仕事についても真剣度が増しました。食べていかなければなりませんので。
でも今の仕事は嫌いではありませんが、もっと打ち込める仕事があったら転職してもいいかなとも思うようになりました。
自分の持てるもの全てを何らかの形にし、社会貢献につなげられたらこんなに幸せなことはありません。
髪型も変えました。結婚していたときは元夫の好みの髪形にしていましたが、今は自分の好きな髪形です。
自宅で過ごす時間が増えました。結婚していたときは外出が好きだった元夫に合わせていたようです。離婚して自分が案外室内でも楽しめることに気づきました。
新しい彼氏(または再婚相手)については全くのノーアイディアですが、楽しいことを共有できるような相手が欲しいなと思うようになりました。
でもこのままひとりでも案外楽しく生きられるのではないかとも思っています。
体が続く限り、外ではいろいろな活動をし(ボランティアや運動など)、家の中ではブログを書いたり、植物を育てたりする生活を当面は続けていきたいと思っています。
元夫について
元夫がミッドライフクライシスから抜け出せるかどうかですが、男性の場合はなかなか難しいと本やサイトにありました。(女性は抜け出る人が多いそうです。また女性のほうがミッドライフクライシス期間も短いようです。)
元夫は終始一貫、付き合っている(付き合った)女性はいないと言っていますが、私は「好きな」女性、「付き合いたい」女性はいる(いた)のだと思っています。
ミッドライフクライシスとはそういうものらしいです。
今も月一で食事していますが、彼との接触はそれだけです。電話もしません。
元夫は平日は仕事して週末は疲れて寝るだけだと言っていますが、それを信じているわけではありません。
結婚していたときは彼の言うことを100%信じていましたが、こうなってみると信じていた私がバカだったということになるのでしょう。
でもそれももうそれほど気にならなくなっています。
私が元夫と結婚したのは価値観を共有できる、分かり合える、私のことを分かってくれると思ったからです。
そして確かに彼と結婚していたとき、私は分かってもらえていると思っていました。
ただ、今振り返ると、仕事がうまくいかなくなってから元夫は体調やメンタルを崩しました。
もしかしたらその頃から元夫はいろいろ考え始めたのかもしれません。
私は元夫のことを理解できていなかったのでしょう。元夫も離婚の理由としてそんなことを言ってました。
でも私に分かるはずはなかったという思いもあります。元夫はいつも「(自分は)幸せだ」と言ってましたから。
本やサイトの実例を読んでも、ミッドライフクライシスになる人は爆発するまで全く悩んでいるそぶりを見せないようです。
それをずるい(隠している)と見るかどうかは人それぞれだと思いますが、私はそれを「弱い」と取ります。
「弱い」というのは「人とぶつかることを恐れる」という意味です。
自己肯定感が低いので人とぶつからない。いい人と言われることで承認欲求を満たしているのではないかと思います。(あるいは単に面倒くさがりなのかもしれません。)
それ自体は悪いことではないと思います。
問題は「自分が他人から承認してもらいたがっている性格である」ということを自覚しているかいないかだと思います。
自覚していないと無理がたまり、爆発します。
元夫自身も自分が無理してきたことに気付かなかったと言ってました。
私もクォーターライフクライシスになるまで自分が無理していたことに気づきませんでした。
だから「クライシス(危機)」なんだと思います。
元夫はミッドライフ(中年期)で爆発しました。半世紀以上にわたって溜め続けていたものが爆発したのですから大変だと思います。
これから
離婚から2年が経過しました。
まだ寂しいときもありますし、先行きへの不安も感じます。
でも何とかやっていこうという気持ちも出てきています。
何より、このブログを2年半近く続けられていることは嬉しい限りです。
いろいろな活動に参加し、違和感があったら軌道修正し、私の人生をゆっくりと歩んでいくつもりです。
大学卒業のときはクォーターライフクライシス真っ只中でした。
卒業懇親会であいさつの言葉として言ったことを、この記事の締めとして筆をおきます。
「死ぬときに満足して死ねるような人生にしたい」
今もそう思っています。
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