先日また元夫と食事しました。
いつものように笑って飲み食いして終わるかと思っていたのですがそうはなりませんでした。
記録に残すために書きました。
なぜかカチンときた
会ったのはゴールデンウイークです。
夕方、初めての居酒屋に現地集合しました。
最初は普通にしゃべっていたのですが、元夫が政治や社会(への不満)について話し始めたことをきっかけに言ってしまいました。
「そんなに不満なら何かやったら」と。
元夫は以前から政治や社会への関心が高く、それはとても良いことだと思っていました。
定年後は移住先で社会活動に従事したいとも言っていたので応援していたぐらいです。
結婚していたときはふんふんとうなずきながら聞いていました。
それをなぜその日はふんふんと聞けなかったのか。
(既に他人である)私になぜ愚痴をぶつけるのだろうと思ってしまったのかもしれません。
不当に甘えられているような気がしたのかもしれません。
あるいは、離婚した夫婦の間にあるはずの境界線(バウンダリー)を侵害されたと思ったのかもしれません。
とにかく何かカチンときました。
まだ許したわけでもないようだ
最近読んだStrangers - A Memoir of Marriage という本の話をしました。(冒頭部分を読んだだけですが。)
夫に棄てられた妻(abandoned wife)がその顛末を書いた本です。
女性関係については少し違いますが、事の始まりの様子は元夫のミッドライフクライシス直後と非常に似ています。
私の話を聞く元夫の表情を見てふと思いました。
「もしかして(元夫は)もう自分のしたことはチャラになったと思っている?」
「自分(元夫)のしたことを私が全て許していると思っている?」
もし元夫がそう思っていたとしたら、それは違います。
私は離婚後も元夫と会ってはいますが、元夫のやったことがチャラになったとは思っていませんし、許したわけでもありません。
会っているのは元夫を理解し、その理解に基づいて自分がなるべく早く立ち直りたいからです。
会って理由や背景を理解しないと、気が狂いそうだったからです。
私はこれまで、元夫を口汚くののしったり、責めたりしたことはありません。
でも心の奥底に怒りが堆積していたことに気付きました。
自分では意識していませんでしたが、元夫と同じように妻を棄てた別人の話をすることでその怒りを鎮めようとしたのかもしれません。
あるいは元夫が何を考えているのか知ろうとしたのかもしれません。
つまり決して元夫の言動を許したわけではない。
でも元夫を責めているのかと言えばそれも少し違う。
何かを求めて話しているのだと思いました。
もしかしたら謝罪の言葉を求めているのかもしれません。
寂しくなった
居酒屋を出た後、カフェに寄ってお茶しました。
ただ、その日はちょっと疲れていたのか、途中、急に激しい孤独感に襲われました。
元夫は私の目の前でおいしそうにパフェを食べています。
でもそんな元夫を見る私の目から静かに涙が流れ始めました。
元夫はパフェに夢中で全く気付かなかったと思います。
話には聞いていたけどこれが「一緒にいても孤独」ということなんだなと思いました。
同じ場所で同じ時間を共有しながら、心は全くすれ違ってい(るように感じ)ました。
食べ終わった元夫が「(ゴールデンウィークなのに)旅行には行かないの?」と聞いてきたのでこう答えました。
「私は今、全く旅行に行こうとは思わない。
なぜなら、今の生活そのものが旅行だから。
私は今、帰る場所を探しているから」
元夫は「君(私)の帰る場所は僕(元夫)ではない」と思ったかもしれません。
もうじき元夫は東京を引き払い、地方に移住します。
行きたいところに行って、やりたいことをしようとしている。
一方私は行きたい場所もやりたいことも見つからないまま、残される。
私はボランティア活動を含めいろいろやっていますが、やりたくて始めたことではありません。
離婚から立ち直るために始めたものばかりです。
久々に襲ってきた大きな孤独感でした。
しかも元夫と一緒にいるときに。
私が黙っているので何か変だと思ったようで、元夫はいろいろ機嫌を取るようなことを言ってきましたが、私はそれには乗らずにただうなずいていました。
別に不機嫌というわけでもなく、ただ黙っていました。
とても寂しい気持ちになりました。
でもそれを元夫に言うことはできませんでした。(結婚していたときは言ってました。)
そのうち元夫も黙ってしまいました。
一昔前のテレビドラマで見た、カップルの別れ話の一場面のようでした。
あまりに沈黙が続いたので聞きました。
「私が(お店を)出ようと言い出すのを待ってる?」と。
早く帰りたいけど私の機嫌を損ねたくはない。面倒なことは避けたい。
元夫がそう思っているように感じました。
駅で別れた後、一人で歩いていたらまた涙が出てきました。
本当の別れに近づいている気がしました。
私の喪のプロセスはまだ終わっていなかったことに気付きました。
これからの方針について考える
家に戻って、これから私はどうするのかを考え始めました。
そしてしばらく考えた後、「今やっていることを続けていこう」という結論に至りました。
確かに離婚後始めたいろいろな活動は必ずしも望んで始めたものではないかもしれない。
でも意義深いことだし、何より活動中と活動後、私は笑っている。
離婚をきっかけに私は素晴らしい人たちに出会い、素晴らしい時間を過ごしていることに気づきました。
感謝すべきことに囲まれていることに思い至りました。
もちろんまだ苦しいとき、辛いときはあります。
でもそういう苦しみや辛さにも向き合う。逃げない。そう決めたことを思い出しました。
元夫との会話で思い出したこと
何を話しているときか忘れてしまったのですが、元夫は「自分は弱い」と言いました。
私は言いました。「あなたは弱くない。でも逃げている」と。
弱いということを言い訳にして逃げているだけだと思いました。
弱いのではなく、ずるいのだと思いました。
もう一つあります。
元夫は移住先である人と出会い(男性です。)、その人のことを非常に慕っていて、移住したらその人の下、あるいはその人の人脈を使って「ダイナミック」に生きたいとのことでした。(「ダイナミック」の意味は分かりません。)
以前から、特定の人にそこまで入れ込む元夫を理解できず、今回ちょっと聞いてみたら、珍しくむきになって「自分にとって必要な人だ」と言いました。
意味が分かりませんでした。
元夫は自分はずっと不幸だったと言っていました。
でも不幸の原因は自分にあるということ、人生を作るのは自分自身であるということから逃げているように感じました。
付き合う人を変えても、住む場所を変えても、自分が変わらなければ人生の本質は何も変わらないと思いました。
でもそれが元夫なんだろうとも思いました。
元夫は私と結婚したら幸せになれると思って結婚し、確かにつかの間幸せだったと思います。
でもその幸せは終わり、今新たな幸せを求めて別の場所、別の人に向かっているのかもしれません。
人生を動かすもの
私は、人生を動かすのは情熱ではないと思っています。
人生を進めるのに必要なのは、目的と実行(習慣と意志)だと思っています。
目的を見極め、それを実現するための日々の習慣を決め、その習慣を実行すること(意志)だと思っています。
でも元夫は環境(場所や人)を変え(さえす)れば人生を変えられる、ダイナミックに(そして幸せに)生きていけると思っているようでした。
そういう人もいるのかもしれません。
一緒に食事したのに会った後、会う前より寂しい気持ちになっていました。
でも考えようによっては、別れのプロセスを一歩進めることができたわけです。
これでよかったのだと思いました。
翌日
次の日の夜、元夫からメッセージが来ました。
お詫びのメッセージでした。私の気分を害してしまったと謝っていました。
しょせん自分はそんな人間だという自虐めいたことも書いてありました。
返答に困りました。
別に気分を害されたとは思っていなかったからです。
単に寂しかっただけです。
そしてそれはもう元夫には何の関係もないことです。
どう返信していいか悩んでしまったので翌日にしようと思い、気分を変えるために 101 Essays That Will Change The Way You Think(Brianna Wiest著)を読み始めました。
すると以下のような一節を見つけました。ちょっと長いですが引用します。
When someone doesn't want to express affection and love and respect to you, you have two choices: You can try to change that fact (and keep yourself stuck) or you can keep giving love (which will let you move on).
相手があなたに愛情や愛、敬意を表したくないと思っている時、あなたには2つの選択肢がある。その事実を変えようとすること(そして身動きが取れない状態になること)、あるいは愛を与え続けること(そうすることで前に進むこと)。モリムラレイコ訳
同じ状況だと思いました。
元夫は私に愛がない。そして私には2つの選択肢がある。
- その状況を変えようとする(そして行き詰ってしまう)
- 愛を与え続ける(そうすることで前に進む)
後者を選びました。(愛していると返信したわけではありません。)
私が誰に対しても与える程度の愛情を込めて返信しました。(普通に返信したということです。)
返信した後、私、笑ってました。
本来の私を取り戻せたような気がして嬉しかったんです。
元夫が何をどう思っていようとそれは私には何の関係もない。
私がどう思うかが重要なんです。
だから愛情を出し惜しんではダメなんです。
なぜなら愛情を出し惜しみすると、自分がどんどん縮んでいくから。醜くなっていくから。
だから惜しみなく愛情を注ぐ。そうすることで自分が広がる。前に進む。
そのことを思い出しました。
喪のプロセスを一歩進めることができたような気がしました。
P.S.
元夫の再就職活動を見て私もいろいろ考えるようになり、ある勉強を始めることにしました。
ただ、そうなると週末がほぼつぶれてしまい、元夫と食事することは難しくなります。
でも今なら会うことをやめられる、あるいは回数を減らせると思いました。
またそうした方がいいとも思いました。
6月から半年ほどですがその勉強に没頭し、自分の将来を作っていきたいと思っています。
Google アカウントを持ってない方は、コメント記入後に「Google アカウント」をクリックし、「匿名」か「名前/URL」を選択してからご記入ください!
--------------------------------------------
配偶者のための情報 他の記事
もし、これまで仲の良かった(と少なくともあなたは思っていた)旦那さんの言動が豹変してしまった方は、先ずは「配偶者のための情報」というラベルの付いた記事をお読みください。(「目次 - 配偶者のための情報」をご覧ください。)旦那さんはミッドライフクライシスかもしれません。
はじめに - 旦那さんがミッドライフクライシスになってしまった人へ
私の体験談
ミッドライフクライシスとは何か
ミッドライフクライシスが起きるまで
自信を取り戻す
自分を甘やかす
感謝する
記録を付ける
「ミッドライフクライシス」と「中年期の不調」は違う
あなたは一人ではない
ミッドライフクライシスの典型的な症状
「デタッチ」してやりたいようにやらせる
(ミッドライフクライシス)離婚手続きのあれこれ
言動の変化と人格の変化
年金分割手続きとあれこれ
コントロールできることに責任を持つ
喪の作業と立ち直りの作業は別
新しい人、新しい環境
唯一の心残り 元夫の更年期障害に気付かなかったこと
0 件のコメント:
コメントを投稿