「『自分』じゃなくて『人』とつながるんでしょ?」と思われたでしょうか。
こう考えたのには理由があります。
寂しいのです。これまでと少し違う寂しさです。
深い寂しさではない。泣くこともない。でもじわじわと広がる寂しさです。
原因は分かっています。元夫からの連絡が途絶えたからです。
私がどうこうできる問題ではない。それも分かっています。
で考えました。どうすればこの寂しさと仲良く(?)付き合っていけるのか。
以前読んだ本を思い出しました。
「あなたを決して裏切らず、いつも頼りにできるのはあなた自身だけ」という一節をです。
「自分の一番の親友は自分である」ともありました。
人とつながるのも大切だけど、先ずは自分とつながっていないと、自分を信頼できないと、他人とはつながれないと思うようになりました。
ではどうすれば自分とつながれるのか。自分が自分の一番の親友になれるのか。
「ニュートラルになろう」と思いました。
全てのことを先ずは何も決めつけずに受け止めようと思いました。
「流される」状態と似ていますが、流されつつも周囲や自分を観察することが肝心です。
なかなか難しいです。感情からは逃げられません。
でもそうやって逃げようとしている、逃げたいと思っている自分すら見つめます。
寂しいと思っている自分がいて、それから逃げようとしている自分がいて、でもそれを遠くから見つめる自分もいる、という感じです。
そういう生活を1週間ほど送ってみて分かったことを改めて下に記録してみました。
- 私は今、静かな寂しさを感じている。
- その寂しさはじわじわと沁み込む。
- でもその寂しさを消すことはできないし、逃げることもできないことは分かっている。
- だからただその寂しさと一緒にいる。逃げない。
- その寂しさから逃げずに悲しみを受け止める自分がいる。
- そういう自分をまた別の自分が見つめている。
寂しさから逃げない自分を見つめる自分がいることを意識できるようになるまで少し時間がかかりました。
そしてこのように言語化する過程で徐々にではありますが寂しさが静まっていきました。(消えたわけではありませんが。)
大事なのはあせらないことです。
とにかく寂しさを感じたら「寂しいなあ」と独り言ちる。
それをどうとも思わず(良し悪しを判断せず)日常生活を続けます。
何かをしながらがいいと思います。
私は身のまわりを整えながら自分を見つめています。
料理、音楽を聴く(ショパンなど)、掃除、今だと衣替えをしながら頭の片隅で常に自分(の寂しさ)と向き合っています。
手を動かしながらだとニュートラルに(感情に流されずに)自分を見つめる、自分に向き合うことができると思います。
そうやって過ごしているうちにぼんやりと「お正月どうしようかな」と考え始めました。
一人で過ごしたいと思っていることに気付いたのです。
具体的には何も決まっていません。「一人でいたい」というぼんやりとしたイメージだけです。
こんな調子だと具体的な行先が決まったときにはどこももう予約で一杯のような気もしますがそれはそれでいいと思っています。
とにかく体を動かしながら身のまわりを整えつつ、ぼんやりと自分と向き合う。
そうすることで自分とつながることができる、自分が一番頼れる自分に近づくことができると思っています。
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