2026/02/17

司馬史観とミッドライフクライシス? 人の一生も国の歴史も連続している

司馬遼太郎の「この国のかたち(一)」を読んでいます。

言葉の一つ一つに重みがあり、一切無駄のない文章に、司馬遼太郎の知性を感じました。

ただ、一つ思ったことがあったので記録しておくことにします。

「4. "統帥権"の無限性」の冒頭についてです。以下に抜粋します。

 以上、何回か堅苦しいことを書いてきた。ありようは、ただ一つのことを言おうしている。昭和ヒトケタから同二十年の敗戦までの十数年は、ながい日本史のなかでもとくに非連続の時代だったということである。

読んで違和感を覚えました。

どう取り繕っても「昭和ヒトケタから同二十年の敗戦までの十数年」は日本史の一コマであり、「連続した時代」だと私は思います。

アイデンティティクライシス(ミッドライフクライシスやクォーターライフクライシスなど)になった人が言うことに似ていると思いました。(もちろん、国を人と同列に語ることはできませんが。)

溜まっていたものが爆発してあんな言動をしてしまった。

環境が変わってキャパを超えてしまい、あんな言動をしてしまった。

アイデンティティクライシス中の言動について、人はいろいろな言い方(言い訳)をするでしょう。

でも「アイデンティティクライシス中のことだから自分の言動ではない」と逃げることはできません。

同様に、「昭和ヒトケタから同二十年の敗戦までの十数年」を「非連続の時代」と切り捨て、その間の行為は「本来の日本」がしたことではないと逃げてしまうこともできないと思います。

この冒頭の一節は、ミッドライフクライシスになった人が言う「そのときの自分は『本当の自分』ではなかった」というセリフと同じにしか聞こえませんでした。

司馬遼太郎は「統帥権」や「関東軍」の行為を批判しており、それらが本来の日本であれば存在しなかったはずだと思いたい気持ちは理解できます。

私も批判的ですし、同時代を生きた(そして苦しい思いをされたであろう)司馬遼太郎も批判的な目で見つめていたのでしょう。

でも「日本国民」は人の集合体であり、司馬遼太郎のような人ばかりではありません。

司馬遼太郎も日本人ですが、関東軍の参謀も日本人。

統帥権はかつて日本に紛れもなく存在し、関東軍の行為も当時の日本が行った行為です。

それを批判することはできますが、そういう時代を「非連続の時代」として、あたかも本来の日本ではないと断定していることに違和感を覚えました。

それは「これまでの自分」は「本当の自分ではなかった」と言っているのと同じです。

そういう人(や国)は何かあるたびに「本当の自分(や本来の姿)ではなかった」と言うのではないでしょうか。

人の一生は連続しています。

国の歴史も連続していると思います。

どの一部を切り取ってもそれはその人であり、その国だと思います。

そして誰(どの国)にも過ちはあり、それを振り返り、自分(自国)のものとして消化し(どう消化するかはそれぞれですが)、自分の生き方(自国の歴史)に組み込んでいくのが「人の一生」そして「国の歴史」だと思いました。

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このようなことを考えるきっかけを与えてくれる深い内容でした。

私が言うまでもなく「知の巨人」という名にふさわしい内容でした。

繰り返し読むに値するエッセイ集だと思います。

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